ご案内
当時の社名はNW。
ほとんどの米国のエアラインが東海岸、西海岸、大陸横断路線を中心に活動していたなかで、北西部を志向し、さらに東洋(オリエント)の市場を積極的に開拓した。
重要なのは北太平洋の大圏コースを開設したことだ。
空軍はアラスカとアリューシャン列島の基地への物資補給にNWを指名する。
アラスカ、カナダへの路線を拡大するが、戦後は極東への乗り入れ許可を得て、翌年には日本へ最初に乗り入れる外国企業となる。
軍関係の委託輸送が多く、航空自由化以降もしばらくのあいだは安泰だったが、次第に競争に取り込まれる一方、東西の冷戦構造の緩和によって軍関係の輸送は減りはじめていた。
日本線の売上げはNW全体の30%以上を占める。
航空協定によって先発企業の特権を享受し、日米間の輸送で高いシェアを築きあげた。
米本土便は、デトロイト(17以上の都市に毎日430便を運航)とミネアポリスのハブ空港向けを最重要視し、ボストン、ニューヨーク、ワシントン、シカゴ、ヒューストン、メンフィス、ラスベガス、ロス、シスコ、シアトル、太平洋地域ではホノルル、グアム、サイパン、アンカレッジ(再開、夏季のみ)に就航。
日本からアジアの都市へは、北京、上海、マニラ、シンガポール、台北、香港、バンコク、ソウルなど広範囲。
今後はアジア、オセアニア地域を拡充する見込み。
NWは成田をミニ・ハブ空港と位置づけており、成田の第一ターミナルの午後は、ノースの真っ赤な尾翼で埋め尽くされる。
日本発便100万人の乗客を記録している。
エンジンの故障など異常運航が多発し、運輸省は米連邦航空局に指導を要請した。
日本人スチュワーデス(通訳)は、米国線が減り、経営は急速に悪化していった。
日本へ乗り入れた最初の外国航空会社の歴史を持つとともに、現在は外国社として日本で最大の便数とシェアを誇る。
当初は北太平洋を中心に、日本、アジア路線を積極的に運航していたこともあって、日本からニューヨークなどの東海岸やシカゴへ直通する唯一のエアラインとして不動の地位にあった。
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